思い出の生徒さん　地道な努力家のＡさん

　私はこれまでピアノの指導を20年近く続けてきていろいろな生徒さんと出会いました。その中でも印象深いのがＡさんという方でした。

　Ａさんは50歳を過ぎた頃に「残りの人生でやりたいことを全てやる」と思い立ち、その一つとしてピアノを始めました。
　始めたばかりの頃は指が全然動かず、私の方が「本当に弾けるようになるのだろうか」ちょっと心配になりました。しかしＡさんは全くあきらめる様子はなく、少しずつ上達していきました。

　7年ほど経ち、かなり上達してきたので、発表会に出てはどうかと提案したところ、もう少し弾けるようになってから…と断わり続けておりましたが、私も諦めず毎年Aさんに声をかけた結果、私の押しに負け一度参加することになりました。
　ところがその時の演奏がボロボロで、本人はショックを受けていないか心配になりました。しかしご本人はその悔しさをバネにして次こそは絶対に弾き切ってやる、と逆に練習の熱が入ってきました。その甲斐あってさらに達していったのですが、肝心の発表会でうまく弾けなくなる、その繰り返しでした。

　そして4回目の参加の時、ようやく努力が実って良い演奏をすることが出来ました。見ている人たちは前のことを覚えているのでみんな固唾を呑んで見守っていましたが、演奏が終わると大きな拍手がわきました。ある生徒さんのお父さん人がＡさんの演奏について「今日は本当に感動しました、私も頑張らなければという気持ちになりました」と感想を述べられていました。

　日々地道な努力を重ねられたからこそみんなに伝わる演奏になったと思うのですが、ご本人は技術を身につけていくプロセスが凄く楽しかったようです。その大事さを身をもって見せてくれた方でした。
　そして、人は誰でもその人なりの歩みで一歩一歩進むことが出来る、だからそれに寄り添って指導することが大切であることも教えて頂いたと思います。


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